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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)11946号 判決 2000年8月24日

原告

【A】

原告

象印チエンブロック株式会社

右代表者代表取締役

【B】

右両名訴訟代理人弁護士

谷口由記

右補佐人弁理士

【C】

【D】

被告

バイタル工業株式会社

右代表者代表取締役

【E】

右訴訟代理人弁護士

下垣邦彦

上田隆

右補佐人弁理士

【F】

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、別紙イ号ないしハ号物件目録記載の建方補助具を製造し、販売してはならない。

二  被告は、右建方補助具を廃棄せよ。

三  被告は、原告【A】に対し、金九六〇万四二〇〇円及び内金三七九万七六四〇円に対する平成八年一一月二八日から、内金五八〇万六五六〇円に対する平成一一年一二月二五日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告象印チエンブロック株式会社に対し、金二七〇五万〇九〇六円及び内金八五五万四〇七五円に対する平成八年一一月二八日から、内金一八四九万六八三一円に対する平成一一年一二月二五日から支払済みまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、「建方補助具」の考案の実用新案権者及び専用実施権者である原告らが被告に対し、被告の製造、販売する建方補助具は同考案の技術的範囲に属すると主張して、その差止め等と損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  原告【A】(以下「原告【A】」という。)は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」、その実用新案登録出願の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)を有している。

(一) 実用新案登録番号 第一九七〇一九二号

(二) 考案の名称 建方補助具

(三) 出願日 昭和六一年六月一一日(実願昭六一―八九六八三号)

(四) 出願公告日 平成四年九月一八日(実公平四―三九九五九号)

(五) 設定登録日 平成五年六月一〇日

(六) 実用新案登録請求の範囲(第1項)

レバーブロックに係止フックを軸支し、同係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し、又前記レバーブロックと組合わせて使用するリンクチェンの一端に略L形状フックを取付け、同フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取付けたことを特徴とする建方補助具。

2  本件考案の構成要件を分説すれば次のとおりである。

A レバーブロックに係止フックを軸支し、

B 同係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し、

C 又前記レバーブロックと組み合わせて使用するリンクチェンの一端に略L形状フックを取付け、

D 同フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取り付けたこと

E を特徴とする建方補助具

3  原告象印チエンブロック株式会社(以下「原告会社」という。)は、平成八年五月二三日、原告【A】から、本件実用新案権につき範囲を次の(一)ないし(三)とする専用実施権の設定を受け、同年七月二二日にその旨の登録をした。

(一) 地域 製造に関しては日本全域、販売に関しては九州全県を除く日本全域

(二) 期間 本件実用新案権存続期間満了まで

(三) 内容 製造及び販売

4  被告は、別紙ロ号物件目録及びハ号物件目録記載の建方補助具(以下それぞれ「ロ号物件」、「ハ号物件」という。)を製造し、販売しており、少なくとも過去においては、別紙イ号物件目録記載の建方補助具(以下「イ号物件」といい、イ号ないしハ号物件を併せて「被告物件」という。)を製造し、販売していた。

5  別紙イ号ないしハ号物件目録記載の被告物件の構成c、eは、それぞれ本件考案の構成要件C、Eを充足する。

二  争点

1  被告物件は、本件考案の構成要件Aの「係止フック」を備えているか。また、レバーブロックに係止フックを「軸支」する構成を備えているか。

2  被告物件は、本件考案の構成要件Bの「係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し」との構成を備えているか。

3  被告物件は、本件考案の構成要件Dの「略L形状フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取付けた」との構成を備えているか。右の点で被告物件が本件考案と異なるとしても、被告物件は本件考案と均等なものとして本件考案の技術的範囲に属するか。

4  本件考案は、出願前の公知技術により新規性がなく、登録が無効とされるべきものか。

5  損害の発生及び額

第三争点に関する当事者の主張

一  争点1について

〔原告らの主張〕

1 被告物件にはL字形部材3と腕杆10が存在し、右二部材からなる構成が本件考案の構成要件Aの「係止フック」に該当する。

被告は、本件考案にいう係止フックは、明細書の考案の詳細な説明及び図面の記載に照らして一枚板からなるものであるのに対して、被告物件ではL字形部材3と腕杆10の二部材からなるから、被告物件は係止フックを具備しない旨主張する。しかし、登録実用新案の技術的範囲は明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて定められるべきであり、明細書添付の図面は一実施例を示したものにすぎず、本件明細書には係止フックの説明に関し一枚板とか二枚板とかを問題にした記載はない。

本件考案にいう係止フックは、建方補助具のレバーブロック側の一端を、継手部材や土台に挟み込む作用効果を有するフック形状をした部材を指すものであるから、明細書の実施例に限定されず、一部材か二部材かとか、一枚板か二枚板かとかの差異があっても、すべて本件考案にいう「係止フック」に該当する。

被告物件は、L字形部材3と腕杆10の二部材で、レバーブロック側の一端を継手部材や土台に挟み込むものであるから、本件考案の係止フックを具備している。

2 イ号物件では構成a1のとおり、ロ号物件及びハ号物件ではそれぞれ構成a1、2のとおり、レバーブロック2に腕杆10が回転可能に支持される構成を備えているところ、「軸支」とは軸にある部材が周方向に回転可能に支持される状態をいうから、被告物件はいずれも本件考案の構成要件Aの「レバーブロックに係止フックを『軸支』し」を充足する。

なお、イ号物件の回転部材21なるものはレバーブロックの仕様上取り付けられているもので、わざわざ建方補助具用として取り付けたものではなく、たとえ回転部材21を介していたとしても、レバーブロックに腕杆が軸支されていることに変わりはない。

〔被告の主張〕

1 本件考案の構成要件Aにいう「係止フック」がいかなるものを意味するかは、本件明細書の考案の詳細な説明と図面を参酌して理解すべきであり、それらの記載からすると、係止フックは一部材のコの字形をした一枚板からなるものと解すべきである。

被告物件は、二枚板で形成される水平部25と一枚板で形成される垂直部24からなるL字形部材3と、腕杆10とからなり、腕杆10の長手方向中央部にL字形部材3の水平部25側端部を回動ボルト23によって回動可能に取り付けた構成であるから、本件考案の「係止フック」に該当しない。

2 本件考案においては、係止フック自体がレバーブロックに「軸支」される構成であるのに対し、イ号物件では、レバーブロック2に回転部材21が回動自在に取り付けられ、この回転部材21には腕杆10がボルト止めされており、また、ロ号及びハ号物件は、必要に応じて、腕杆10の基端に開けた穴27にレバーブロックのフック8を引っかけて使用するものであり、いずれも係止フックがレバーブロックに軸支されていないから、本件考案の構成要件Aの「レバーブロックに係止フックを『軸支』し」の構成を充足しない。

二  争点2について

〔原告らの主張〕

1 被告物件のL字形部材の先端部9の内側には、イ号ないしハ号物件目録の部分拡大図記載のとおりの形状の突出部が存在するところ、これらの突出部の形状は、本件考案の構成要件Bの「大きく楔状に突出し」に当たるから、被告物件は構成要件Bを充足する。

本件考案の係止フックの先端を内側に「大きく楔状に突出」させる意義は、係止フックを土台にかませるときに、突出部で係止フックを土台に引っかけて、その後リンクチェンの緊張とともに突出部を土台に食い込ませ、レバーブロックをしっかりと固定し、安定した作業ができるようにすることにある。この点被告物件においても、L字形部材と腕杆で挟むものではあるが、L字形部材の先端部は、土台に引っかけて、その後リンクチェンの緊張とともに土台に食い込ませる作用効果を奏するから、本件考案と同じである。

被告は、被告物件のL字形部材の先端は土台に「突き刺すように形成」されていないと主張する。しかし、本件明細書には、係止フックの先端を土台に「突き刺すように形成」するというような記載はない。本件明細書の考案の詳細な説明の欄には、係止フックの先端を土台に少し打ち込むといった説明があるが、係止フックの先端を少し打ち込んで使用するか、打ち込まずに使用するかは、使用方法の優劣の問題であって、明細書の記載は好ましい使用方法を記載したものであるから、先端を少し打ち込んで使用できる形状のものであれば、本件考案の「大きく楔状に突出」を満たす。

2 被告は、本件考案の出願経緯及び願書に添付された図面を根拠に、「大きく楔状に突出」の意義を限定して解釈すべき旨を主張するが、出願人である原告【A】が行った補正は技術的範囲の限縮ではなく、不明瞭な記載の釈明であり、「楔状」という言葉が審査官には一見明白ではないために、「係止フックの先端を内側に大きく楔状に突出し」と明確にしたものであり、図面の変更も行ってはおらず、当初の図面の形状の表現を明確にしたにすぎないのであって、右補正の経緯は、考案の技術的範囲を減縮して解釈する理由にはならない。

〔被告の主張〕

1 本件考案の出願時には、実用新案登録請求の範囲中の係止フックの先端の形状に係る部分は「係止フックの先端が楔状に形成され」とされていたが、平成三年一二月二六日付けで拒絶理由通知がされたことから、出願人は、平成四年四月四日付けの手続補正書により、「内側に大きく楔状に突出し」との限定を加えて補正するとともに、同日付け意見書において、「本願考案のフックの一方は先端を内側に大きく楔状に突出し、基礎の桁材に突き刺すようにして固定するので滑りなく確実に固定できる。」と主張し、右補正及び主張を受けて、本件考案は出願公告の決定に至ったものである。

右出願経緯に照らせば、本件考案における係止フックは、先端が内側に大きく楔状に突出することが必須の構成要件であり、しかも、この係止フックは基礎の桁材に突き刺して固定する作用を有するものでなければならない。

さらに、本件考案では、出願時には単なる「楔状」であったものが、後に「内側に大きく楔状に突出」と補正されたものであるが、当初明細書には係止フックを「内側に大きく楔状に突出」させることについては記載されておらず、ただ願書に添付された図面に記載されていたにすぎない。したがって、右補正が要旨変更に当たらないとすれば、補正後の右文言は図面に示された形状に基づいて限定されるものと解される。しかるところ、本件考案の図面に記載される係止フックの先端の楔状部は、係止フック全体の約一五パーセントに及ぶ長さを有し、尖角度が三〇度に形成され、しかも先端が鋭く尖った形状であり、これ以外に、係止フックの先端部の技術的手段の内容について説明する具体的記載はない。したがって、本件考案の係止フックの先端の形状は右形状に限定されるべきである。右のような形状であるが故に、係止フックを基礎の桁材に突き刺して固定することができるのである。

2 イ号物件のL字形部材の形状は、イ号物件目録のイ号部分拡大図のとおりであり、L字形部材3の先端部9の先端26は丸く形成されていて、土台に突き刺すようには形成されていない。

ロ号及びハ号物件のL字形部材の形状は、ロ号及びハ号物件目録の各部分拡大図のとおりであり、L字形部材3の先端部9の内面には、先端部9の幅のわずか約五分の一の突出高さを有する突部26が形成されているにすぎないもので、しかも突部26の先端角度は約九〇度に形成されているものであって、楔状を呈しておらず、土台に突き刺すようには形成されていない。

したがって、被告物件は、いずれも「内側に大きく楔状に突出」するとの構成を具備していない。

三  争点3について

〔原告らの主張〕

被告物件の構成dは、本件考案の構成要件Dを充足する。被告物件においては、略L字形状フック4の基端に一本目の長尺の棒20を溶接により固着し、長尺の二本目の棒28と三本目の棒29をそれぞれ着脱自在に取り付けた構成であるから、文言上は構成要件Dの「略L形状フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取付け」たものに該当しないとしても、次のとおり、被告物件は本件考案と均等なものとして本件考案の技術的範囲に属するというべきである。

1 均等の成立要件の一つである「対象製品と考案の構成との差異が考案の本質的部分でない」とは、本質的部分に関する構成に差異があるか否かという観点で判断すべきではなく、対象製品が考案の技術思想の範囲内にあるか否か、あるいは、考案の課題の解決原理と同一の原理を採用しているか否かという観点で判断すべきである。右観点から見れば、本件考案の本質的部分は、①リンクチェンが組み合わされるレバーブロックに先端が内側に大きく楔状に突出した係止フックを軸支する構成によって、部材の継手を容易に結合させることができ、また、柱の転びを短時間で簡単に修正できること、②略L字形状フックに長尺の棒を脱着自在に取り付けた構成によって、フックを高い軒桁に容易に取り付けられ、しかも、運送・保管の時には分離でき取扱いが容易であること、の二点にある。一本目の長尺の棒を略L形状フックの基端に取り付けるか否かは本件考案の非本質的部分に属する。

被告物件は、略L字形状フック4の基端に一本目の長尺の棒20が固着されているが、同フック4の長辺と一本目の長尺の棒20の長さの合計と、長尺の二本目の棒28、三本目の棒29とほぼ同じ長さとし、二本目の棒28、三本目の棒29を着脱自在にすることによって、右②の課題解決の原理ないし技術思想を実現しているのであるから、考案の本質的部分は本件考案と同一である。

2 本件考案の長尺の棒の脱着位置を被告物件におけるものと置き換えても、本件考案の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏するものである。

長尺の棒を構成要件とするのは、略L字形状フックを地面から高所(軒桁)引っかけることができるという作用効果を奏するためであるが、長尺の棒のすべてを右フックに固着させていないのは、使用時には必要な長尺の棒が保管や運搬の際に邪魔になるからである。

被告物件においては、一本目の長尺の棒20を同フック4の基端に取り付けるにつき、固着した場合と着脱自在に取り付けた場合のいずれの場合でも、同フック4の長辺の長さと一本目の長尺の棒20の長さの合計が、二本目の棒28及び三本目の棒29の長さとほぼ等しいことから、長尺の棒を取り付けた使用時と、取り外して保管ないし運搬する時とで、物品の長さはほぼ同じになり、長尺の棒の取付け及び取外しによる作用効果は全く同じである。

したがって、一本目の長尺の棒20を同フック4に固着したものに置き換えたとしても、考案の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏することになる。

3 被告物件の長尺の棒の着脱位置を前記のようにすることは、当業者であれば製造の時点において容易に想到することができたものである。

被告物件の右のような構成は被告において案出したものではない。原告らは、略L字形状フック4の基端に一本目の長尺の棒20を溶接で固着しても、長尺の二本目の棒28、三本目の棒29を分離してそれらを梱包した場合の商品の大きさはそれほど変わらず、使用時及び保管運搬時ともに支障はなかったことから、被告が製造販売する以前から、右構成で製造販売していたものである。被告は、原告らによる右構成の実施品をそのまま模倣して、被告物件を製造、販売しているにすぎない。

4 被告物件の構成は、本件考案の実用新案登録出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではない。

本件考案の出願時において、本件考案のようなリンクチェンが組み合わされるレバーブロックを必須の構成とする公知技術はなかったし、当業者が公知技術から容易に推考できたものではないから、被告物件は、本件考案の出願時における公知技術とは同一ではなく、また、当業者が、本件考案の出願時に容易に推考できたものでないことは明らかである。

5 本件考案の出願手続において、被告物件のように略L字形状フックの基端に一本目の長尺の棒を固着する構成のものが意識的に除外されたなどの特段の事情もない。

〔被告の主張〕

1 被告物件においては、略L字形状フック4の基端に一本目の長尺の棒20が溶接により固着されており、着脱自在にはなっていないから、本件考案の構成要件Dを充足しない。

2 本件考案の本質的特徴は、一直線上に離れて配置された部材の継手を結合する使用態様(本件公報第6図参照)と、柱の転び(傾き)を修正する使用態様(本件公報第5図参照)のいずれにも対応できる建方補助具である点にある。

右本質的特徴からすれば、本件考案の構成要件中の本質的部分は、①係止フックを軸支したレバーブロックのリンクチェンの一端の略L形状フックと、長尺の棒とが脱着自在であること、及び、②係止フックの先端が内側に大きく楔状に突出していること、の二点にある。

被告物件は、略L字形状フック4の基端で一本目の長尺の棒20を溶接により固着しているから、柱の傾きを修正するという使用態様には対応できるが、一直線上に離れて配置された部材の継手を結合する使用態様に対応するものではなく、そのような使用態様に使用されている事実もない。仮に被告物件を右使用態様で用いた場合には、溶接された一本目の長尺な棒が作業の邪魔になる。このことは、被告物件の略L字形状フック4の短辺12の内側に軒桁の側面に密着させるための当て板があることからも明らかである。

したがって、被告物件は、本件考案の本質的部分において本件考案と構成が相違しており、また、右の差異により、本件考案とは作用効果も相違している。

3 被告物件は、次のとおり、本件考案の出願前の公知資料である実開昭六〇―五五六五九公報(乙一一の1、2)記載の技術から、きわめて容易に考案し得たものである。

(一) 被告物件のレバーブロックの部分が、右公知資料の物件においては、張線器となっているが、張線器もレバーブロックの一種であり、共に二つの部材を引き寄せる作用をする用具であり、いずれも当業者に広く知られた用具であるから、単なる用語の置換にすぎない。

(二) 被告物件のチェンの部分が、右公知資料の物件においては索条となっているが、いずれも引張り力を伝達する巻取り可能な部材として広く知られているものであって、単なる素材の選択にすぎない。

(三) イ号物件においては略L字形状フックの基端に、ロ号及びハ号物件はレバーブロックの基端にそれぞれチェンを連結しているのに対し、右公知資料においては、把手杆の基端に索条を連結しているが、索条ないしチェンの一端を長尺な棒のいずれの端に連結したかの相違にすぎないもので、当業者がきわめて容易に選択し得る事項である。なお、リンクチェンが組み合わされるレバーブロックは、本件考案の出願前から周知の技術である。

(四) 被告物件は、一本目の長尺の棒に二本目、三本目の長尺の棒を着脱自在としているのに対し、右公知資料においては棒を着脱自在とするものではないが、離れた所に届かせる用具を運搬等に便利なように継ぎ構造にすることは、釣り竿等に見られるごとく本件考案の出願前に周知の技術であるから、当業者がきわめて容易に選択し得ることである。

四  争点4について

〔被告の主張〕

本件考案出願前の公知資料である実開昭六〇―五五六五九号公開実用新案公報及びマイクロフィルム(乙一一の1、2)には、「家屋の立て起し作業用具」についての考案が開示されているところ、右公知資料と本件考案とを対比すると、右公知資料の「張線器」が本件考案の「レバーブロック」に、「索条」が「リンクチェン」に、「フック」が「略L形状フック」に対応し、右公知資料の「把手杆」が本件考案の「長尺の棒」に対応する。唯一、右公知資料のクランプと本件考案の係止フックとが相違しているが、これについて、原告らの主張するように、被告物件のL字形部材と腕杆からなる構成(クランプ)が本件考案の係止フックに対応するとするならば、本件考案は、その出願前に全部公知の技術であって、実用新案法三条一項三号の新規性の規定に違反して登録されたものであり、その登録は無効とされるべきものとなるから、このような新規性を有していない権利の行使は、権利の濫用として認められるべきではない。

また、仮に本件実用新案権を有効なものと扱わなければならないとするならば、被告物件は、右公知資料に記載された技術と同じ技術を実施したものにすぎないというべきであるから、本件実用新案権は被告物件には及ばない。

〔原告らの主張〕

被告主張の公知資料における張線器は、そもそも索条(ワイヤーロープ)を牽引するものであり、レバー操作によりリンクチェンを緊張させるレバーブロックとは明確に区別される。したがって、右公知資料には、柱の転びを修正するために、リンクチェンと組み合わせて使用するレバーブロックを使用するという考えは、一切記載されていない。

五  争点5について

〔原告らの主張〕

1 原告【A】の損害

(一) 被告は、平成八年四月二二日から、本件実用新案権について原告会社に専用実施権を設定した同年七月二二日までの間に、イ号物件を二四〇台製造した。

原告【A】が本件実用新案権の実施品であるフッカーMⅡ―50を製造、販売することにより得られる利益は、一台につき八八八〇円であるから、これに被告の右販売台数を乗ずると、被告の右販売に伴う原告【A】の損害は二一三万一二〇〇円となる。

(二) 被告は、同年七月二三日から平成一一年一一月一二日までの間に、次のとおり被告物件を合計一九九一台製造、販売した。

販売期間     イ号物件  ロ号物件  ハ号物件

H8・7・23~H9・3・31 四八台 七〇〇台  三一台

H9・4・1~H10・3・31      五七三台  一七台

H10・4・1~H11・3・31      三四八台  一三台

H11・4・1~H11・11・12      二四六台  一五台

被告の右侵害行為がなければ、原告【A】は原告会社から一台につき三〇〇〇円の実施料を取得できたから、これに被告の右販売台数を乗ずると、被告の右販売に伴う原告【A】の損害は五九七万三〇〇〇円となる。

(三) 原告【A】が本件訴訟の提起、遂行に要した弁護士費用、弁理士費用としては、一五〇万円が相当である。

(四) 以上合計 九六〇万四二〇〇円

2 原告会社の損害

(一) 被告は、原告会社が本件実用新案権について専用実施権の設定を受けてから、前記1、(二)記載のとおり、被告物件を製造、販売した。

原告会社が、本件考案の実施品を製造、販売することにより得られる一台当たりの純利益の額は、ハ号物件に対応するMⅡ―80型フッカーについては二万四五五六円、イ号物件及びロ号物件に対応するMⅡ―50型フッカーについては、平成八年七月二三日から平成九年三月三一日までは一万一八九二円、平成九年四月一日から平成一〇年三月三一日までは一万〇一九六円、平成一〇年四月一日から平成一一年一一月一二日までは一万三三七九円であった。

そうすると、専用実施権登録後の平成八年七月二三日以降の被告の侵害行為がなければ得られたであろう原告会社の損害は、右期間中の平均純利益額に、同期間に対応した被告の販売台数を乗じた金額であり、合計二四五五万〇九〇六円となる。

(二) 原告会社が本件訴訟の提起、遂行に要した弁護士費用、弁理士費用としては、二五〇万円が相当である。

(三) 以上合計 二七〇五万〇九〇六円

〔被告の主張〕

原告らの右主張は争う。

原告らは、本件考案の実施品を製造、販売しておらず、公知技術である乙一一ないし一三の各1、2に記載された家屋の立て起こし作業用具をほとんどそのまま実施した製品を製造、販売しているにすぎないから、損害額は実施料相当額とされるべきである。

第四争点に対する判断

一  争点3(構成要件Dの充足性及び均等)について

1  被告物件は、各構成dにおいて「略L字形状フック4の基端に一本目の長尺の棒20を溶接により固着し、同フックの長辺と一本目の長尺の棒20の長さの合計とほぼ同じ長さの長尺の二本目の棒28及び三本目の棒29をそれぞれ着脱自在に取り付けた」ものであり、一本目の長尺の棒20が略L字形状フックの基端に着脱自在に取り付けられていないから、本件考案の構成要件Dのように「略L形状フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取り付けた」ものではなく、両者では長尺の棒の脱着位置に差異がある。したがって、被告物件の構成dは、文言上は本件考案の構成要件Dを充足するとはいえない。

2  そこで、この差異が均等であるとして本件考案の技術的範囲に含まれるといえるかについて検討する。

実用新案権侵害訴訟において、明細書の実用新案登録請求の範囲に記載された構成中に、相手方が製造等をする製品(以下「対象製品」という。)と異なる部分が存する場合であっても、(1)右部分が考案の本質部分ではなく、(2)右部分を対象製品におけるものと置き換えても、考案の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、(3)右のように置き換えることに、当該考案の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、(4)対象製品が、考案の実用新案出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時にきわめて容易に推考できたものではなく、かつ、(5)対象製品が考案の実用新案出願手続において実用新案登録請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品は、実用新案登録請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、考案の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成一〇年二月二四日判決・民集五二巻一号一一三頁参照)。

3(一)  甲二によれば、本件明細書の考案の詳細な説明及び図面には次のような記載があることが認められる。

(1) 「産業上の利用分野」の項に「本考案は建屋の建方の際、部材の継手を結合したり本締めの前に柱の転びを修正して建入れを行うとき等に使用する建方の補助具に関する。」(別添実用新案公報1欄一三ないし一五行目)と記載され、本件考案の建方補助具が、建方の際に、①部材の継手を結合する場合と、②柱の転び(傾き)を修正する場合、の二つの場合に使用されるものであることが明示されている。

(2) 「従来の技術」の項に「建屋等の建方の途中で部材の継手が手で引寄せるだけではどうしても結合できない場合や建方が済んで各部の緊結をする前に柱の転びを修正する必要のある場合がある。」(1欄一七ないし二〇行目)と記載されているほか、前記①の従来技術として「従来、この離れた継手を結合するときは木槌で部材の端を叩いて結合していた。」(1欄二一ないし二二行目)と記載され、②の方法に関する従来技術も具体的に記載されている(1欄二二行目ないし2欄五行目)。

(3) 「考案が解決しようとする問題点」の項に、前記①の使用方法の従来技術の問題点として「この従来の部材の端を木槌で叩いて継手を結合するものでは力に限りがあって容易に継手が合わない場合があるし、しかも足場の悪い高所での作業ではバランスを失って危険であるという問題点があった。」(2欄一一ないし一五行目)と記載され、また、②の方法の従来技術の問題点も具体的に記載されている(2欄一六行目ないし3欄二行目)。

(4) 「問題点を解決するための手段」の項に「本考案は……その目的とするところは、部材の継手を容易に結合させることができ、又、柱の転びを短時間で簡単に修正することができ……る補助具を提供することにあり」(3欄一〇ないし一五行目)、「そのための技術的手段として本考案の建方補助具では、レバーブロックに係止フックを軸支し、同係止フックの先端を大きく楔状に突出し、又前記レバーブロックと組み合わせて使用するリンクチェンの一端に略L形状フックを取付け、同フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取付けたことを特徴とする建方補助具とした。」(3欄一五ないし二二行目)と記載されている。

(5) 「作用」の項に「本考案の建方補助具では、部材の継手を結合するときレバーブロックに軸支した係止フックをその開口部から一方の部材に挿入すると共に楔状に形成した先端を継手側に向けて部材の側面に少し打ち込む。(以下略)」(3欄二四ないし四〇行目)と前記①の部材の継手を結合するときの作用が、また、「柱の転びを修正するときは、係止フックをその開口部から外側に倒れた柱の反対側の土台上面に挿入して先端を同土台側面に少し打込む。(以下略)」(3欄四一行目ないし4欄六行目)と前記②の柱の転びを修正する場合の作用が記載されている。

(6) 「実施例」の項に、本件考案の建方補助具を用いて、柱の倒れを修正するときと、部材の継手を結合させる場合の使用方法が説明されており、図面第5図に前者の、第6図に後者の使用態様が図示されている。

(7) 「考案の効果」の項に「本考案によれば……建家の建方のとき継手がきつい部材を容易に合わせることができる。又柱の転びを素早く修正することができる。」(6欄一七ないし二〇行目)と記載されている。

(二)  本件明細書及び図面の右記載に照らせば、本件考案は、①部材の継手を結合する場合と、②柱の転び(傾き)を修正する場合の両方に使用し得るようにすることを目的として、従来技術の問題点を解決するための手段を提供したことに特徴を有する建方補助具であるということができる。

(三)  本件考案の出願前の公知資料を検討すると、証拠(乙五、一一の1、2、一三の1、2)によれば、本件考案の出願前に頒布された刊行物である特開昭五三―七八六三三号公報(乙五)、実開昭六〇―五五六五九公報(乙一一の1、2)及び実開昭五三―五八四三〇公報(乙一三の1、2)には、いずれも土台をフックないしアンカーで固定し、軒桁をフックで固定し、右土台固定部と軒桁固定部の間を綱、索条、管などで繋ぎ、その距離を引っ張るなどして調整し、柱の転びを修正する建方補助具の発明ないし考案が記載されていることが認められる。

このうち、実開昭六〇―五五六五九公報について見ると、その実用新案登録請求の範囲第1項は、「木造家屋の柱を垂直状態に矯正するためのものとして、先端部に回動自在のフックが枢着された一定長さの剛性な把手杆と、その把手杆の基端部に連繋された一定長さの可撓な索条と、その索条に一端部が係脱自在に係止され且つ他端部にクランプが連繋されたレバー操作可能な張線器との組合わせから成り、その把手杆に対するフックの回動角度範囲を約九〇度に規制すると共に、上記索条に複数の長さ調整環を設けたことを特徴とする家屋の立て起し作業用具。」というものである。本件考案と右公知資料とを比較すると、本件考案のレバーブロック、チェンが、それぞれ張線器、索条となっているが、いずれも二つの部材の間を索条ないしチェンで繋ぎ、その距離を、張線器ないしレバーブロックで調整するものであり、柱の転びを修正するという使用方法においては、機能的に同等の役割を有している。しかし、右公知技術においては、フックが枢着された把手杆の基端に索条を連結しているから、部材の継手を結合するという使用方法に用いることはできず、右公知技術の公報にも、部材の継手を結合するという使用方法についての記載はない。

右公知技術との対比からいっても、本件考案の建方補助具は、柱の転び(傾き)を修正する使用方法のみを目的としたものではなく、右使用方法に加えて、部材の継手を結合する使用方法を可能にしたことに、従来技術にはない特徴があるものというべきである。

(四)  本件考案の構成要件Dは、「略L形状フックの基端に長尺の棒を脱着自在に取付けた」構成であるが、甲二によれば、右のような構成を採ったことにより、長尺の棒の先端を略L形状フックに固定して、棒で同フックを持ち上げ、高い位置にある柱の軒桁に同フックを取り付けて(別添公報第4図)、柱の転びを修正する作業ができ、他方で、部材の継手を結合させるときには、同フック基端から長尺の棒を取り外すことにより、低い位置での継手結合作業をすることも可能としたものと認められるから、略L形状フックの「基端」に長尺の棒を脱着自在に取り付けるという構成は、本件考案特有の課題解決手段を基礎付け、本件考案特有の作用効果を奏するための特徴的部分であるというべきである。そうすると、右部分は、本件考案の本質的部分に当たる。

原告らは、本件考案の本質的部分は、①リンクチェンが組み合わされるレバーブロックに先端が内側に大きく楔状に突出した係止フックを軸支する構成によって、部材の継手を容易に結合させることができ、また、柱の転びを短時間で簡単に修正できること、②略L形状フックに長尺の棒を脱着自在に取り付けた構成によって、フックを高い軒桁に容易に取り付けられ、しかも、運送・保管の時には分離でき取扱いが容易であることの二点にあり、一本目の長尺の棒を略L形状フックの基端に取り付けるか否かは非本質的部分であると主張するが、本件考案における部材の継手を結合するという使用目的の重要性とその使用態様を顧慮しないものであって、採用できない。

(五)  被告物件においては、略L字形状フック4の基端に一本目の長尺の棒20を溶接により固着しているから、部材の継手を結合する使用方法で用いた場合、固着された一本目の長尺の棒は全く不要であって作業の邪魔になり、とりわけ低所においては、一本目の長尺の棒が地面に当たり、事実上、部材の継手を結合するという使用方法を実施することは著しく困難となるといわざるを得ない。したがって、被告物件は、部材の継手を結合する使用方法を予定したものとは認められない。

(六)  そうすると、被告物件は、本件考案の本質的部分において本件考案と差異があり、また、右差異により、本件考案の目的を達することができず、同一の作用効果を奏するものではないから、置換可能であるともいえない。

よって、被告物件は、前記均等の要件の(1)、(2)を具備しないから、本件考案と均等なものとして本件考案の技術的範囲に属するものということはできない。

二  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 阿多麻子 裁判官 前田郁勝)

<以下省略>

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